from「Lonely Avenue」(2010)
ユー・ガット・メール
では私も。とはいえ前身のローリング・サンダー・レビュー以来お馴染みの泣く子も黙るロッキン・ピアノマン、ベン・フォールズのことをよく存じ上げておりませぬ。手元にあるのはただ一つ。英国の作家、ニック・ホーンビィとの異色のコラボ・アルバム『Lonely Avenue』のみでございます。
このアルバムはニックがベン・フォールズにEメールで歌詞を送り、受けたベン・フォールズがそれに曲を付けるという、さながらソングライティングの『ユー・ガット・メール』(1998年 トム・ハンクスとメグ・ライアンによるロマンス・ムービー)とでも言えるような往復書簡によって生まれたアルバムです。
歌詞が小説家ということで、このアルバムには11のちょっとした物語が編まれている。例えば、大晦日の夜を病気の息子と病院で過ごす母親の心象風景『Picture Window』。副大統領候補の娘と付き合ったばっかりにマスコミの格好の餌食となった青年のため息『Levi Johnston’s Blues』。お互いささやかな幸せを掴みつつも、一向に巡り合えないソウル・メイツを描く『From Above』。
いずれも人生につまづきながら、なんとかやりくりしていこうとする市井の人々の日常を切り取ったもので、まるで良質の短編映画を観るよう。
個人的な感傷はさておき、ただ彼らの動く様子をカメラで追ってゆく。そんな俯瞰的な描写が好い。しかしながら、作者の登場人物に対する愛情は多量だ。
ニック・ホーンビィが登場人物を温かく見守る親なら、ベン・フォールズは彼らの肩を叩く友人といったところ。彼らがしっかり歩いてゆけるよう、珠玉のメロディで道を照らしている。
今回ご紹介するのはその中から『Claire’s Ninth』。その名のとおり、主人公はクレア。スクール・ガールだ。今日はクレアの誕生日。約束では男友達二人が校門まで迎えに来てくれるはず。でも遅い。やっと来たと思ったら車2台!?「なんで2台。もう、最低っ!!」。3人はいつもの店に寄ってピザとアイスクリームを頬張る。クレアは思う。「まだ9歳半だったらよかったのに…」。
この曲の聞きどころの一つはベン・フォールズによる間奏のピアノ。クレアの瑞々しい感性がほとばしるかのような素晴らしいピアノ・ソロだ。歌詞は無くともクレアたちの表情や身のこなしが目の前に現れてくるようで、ここでの情景描写はニック・ホーンビィからベン・フォールズにバトンタッチ。ピアノが饒舌に物語る。
洋楽のいいところはリリック。ラブ・ソングや自分探しに留まらない多岐に渡るストーリー。それに情緒が希薄なところも好きだ。どっからどこを剥いても‘私’しか出てこない歌など聴きたくない。誰かの物語がいつしか自分の物語になる。ストーリーテリングとはそうした魅力を持っている。
とはいえこの『Claire’s Ninth』にも欠点はある。ニックさん、彼女を清らかな者として閉じ込めちゃダメだ。そんなもの、彼女に背負わせちゃいけない。
こちらもどうぞ!
コメント
[…] […]