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【来日決定記念】Paul Draper「Things People Want」

10s

from 「Spooky Action」2017

Mansunを再評価する会

都内某所の高層ビルの一室。曇り空に覆われ、いつもは見渡せる遠くの景色が今日はグレーに染まっている。引き出しの煙草を手に取り、火をつけようとしたところで思い留まった。秘書のジェニファーに止められているところだ。まあいい、こうして穏やかな朝を迎えられているだけでよしとしよう。

内線でコーヒーを頼もうと思ったところで誰かが部屋をノックした。しかも強めに。やれやれ、昨日深夜にニューヨークから帰国したところだというのに、ゆっくりコーヒーも飲めないってわけか…肩をすくめる間もなく、ジェニファーが息を切らせて駆け込んできた。

「会長…MRICのイギリス支部から速報が入りました」

「そうか…わかったよジェニファー。ところで今夜の予定は?いや、わたしのではなくキミのね。近くに新しいヴィシソワーズ風オッソブーコの店がオープンしたんだよ。美味しいガランティーヌがトラットリアらしくて。フランネルがメランコリアでまいっちゃうよホント」

「会長!真面目に聞いてください!あのRMICですよ!?」

「わかったわかった、とりあえず落ち着きなさい」

ジェニファーが興奮するのも無理はない。RMICとはRevaluation of Mansun International Committee 、通称「マンサンを再評価する会」。その名の通りブリットポップ界の異端児、Mansunを再評価し、オリジナリティの追求と進化をし続けた彼らの偉大な作品を世に普及させることで、世の中をワイドでオープンなスペースにして行こうかどうかをアンチエブリシングなアティテュードで検討しようと最初は思ってたんだけど、何回か集まってるうちに結局はポールの歌マネだよねっていう軽い感じで進んでいるまあ割と気楽な一面のある国際組織である。

「ジェニファー…彼らの要件はわかっているんだ。ポール・ドレイパーのアルバムが先日リリースされた」

「…!!会長…それでは…」

「あぁ、そうだ。まずはMRICの全メンバーを臨時招集及び各国首脳に厳戒態勢を要請だ。マスコミもすぐに嗅ぎつけるだろう。しかし、わたしはまだ信じられないんだよ。ポールのアルバムを聴くことができるなんて」

「動揺するお気持ちはわかります…しかし、各国首脳に何の厳戒を要請すれば…」

「うん、まあとりあえずカッコいいから要請だけしとこ」

そこからわたしの慌ただしい日々が始まった。

臨時招集をかけたのは何年ぶりだろうか。メンバーの少し老けた顔に感慨すら覚える。MRICの会議は毎回レストランのテーブルを借り切って行うことが慣習となっている。ウェイターにワインを追加で注文した。

イタリアンレストラン&カフェSaizeria。ミラノ風ドリアが299円、グラスワインが100円と破格のコストパフォーマンス。

臨時招集をかけた結果、欠席者が出たのは残念だった。歯医者の予約…お子さんの運動会…王様のブランチ…「行けたらいくわ」…「ごめん寝てた」…忙しい奴らのことだ、仕方ない。ジェニファーは法事らしい。

わたしの目の前にいるRMICメンバーはただ1人、ラブトレイン吉見。そう、当サイトにちょくちょく登場するTMNとゴシックロックを愛するピアノマンだ。会場の緊張で張り詰めた空気を破ったのはわたしだった。

「ラブトレイン…聴いたか。ポールの新作が出たのは知っていると思うが」

「あぁ。もちろんだぜ。ブランクを感じさせない力作だと思うぜ」

「…力作?それだけか?意外だな。君のことだから興奮で鼻血ブー状態だと思ったが冷静じゃないか」

「オレにとってはマンサン時代には及ばない作品だった。曲調がどれも似通っているし、声の伸びが明らかに衰えている。ほんでライブ映像見たけどめっちゃ太ってるやん」

「そうか…ラブトレイン、君の考えはよくわかった。曲調のバリエーションに幅がないという意見、もっともだ。しかし、わたしは逆にそこを評価している。統一感という意味でね。コンクリートのような無機質な感触の中で行き場のない黒い感情が息づいている。全編通してその感触は変わらない。綺麗事ではない、人間の醜い部分をさらけ出しているとは言えないかね…そして一番大切なことは、楽曲の個性とクオリティの両立に成功していることだ。例えば、雰囲気だけでメロディが弱い、逆にメロディは良いが個性がない、という音楽はよくあるが、ポールの楽曲はどれもポール色に染まっていて、しかもとんでもなくキャッチーだ。もちろんジョンレノン節の多用は毎度のことながら、過去の楽曲にも登場したポールお得意のメロディが何度も登場する。しかし驚くべきことに、そこにマンネリ感は皆無だ。「聴いたことある感じなんだけど新鮮」というパラドックスを見事に体現している。アルバムの代表曲「Things People Want」を聴いてみたまえ。あぁなんという叙情性のあるメロディであろうか。ポールのキャリアの中でも一位、二位を争う感情豊かなメロディである。薄暗くて切なくて解放感があって不気味でドロドロしてるのに爽やかでもある。さらに素晴らしいのはそのアレンジである。ギターとシンセサイザーの見事な融合よ。ポール意外にこの空気感を再現できるアーティストはいないだろう。様々な音が鳴っているにも関わらず、隙間すら感じさせるスッキリとした音像はさすが。「Feeling My Heart Run Slow」も貫禄のキラーチューン。これもポールにしか書けねぇなぁって思うのよ。不気味でエレクトロなリフと生ドラムの絡みが快感。ゴシックなポップが弾けるサビの高音「コ〜ゥウ」に涙するファンも多いはず。歌メロが良く書けているうえにアレンジが攻めまくり。これ以上にロックファンを喜ばせることがあるだろうか。いや、ないだろ。「Can’t Get Fairer Than That」は余計なものを削ぎ落としてメロディのキレだけにフォーカスを当てた良曲。ミニマルなサビに感動すら覚える。まだこんなポップな創造性を発揮できるなんて…そうは思わんかね?「Feel Like I Wanna Stay」では軽快なブリットポップ調スイングビートとポールの皮肉めいたメロディ(ってどんなんやねん)の絡みがクール。サビの「Feel Like I wanna run」の「ラーン」の音程がヒネくれててこれまたクール。と、いうわけで、わたしにとってこの作品は年間ベストに食い込むこと間違いなしの名盤だよ」

「そっかー。あっ、フォカッチャ追加で頼むけどいる?」

「うん…」

コメント

  1. […] […]

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