旅する音楽
移動している時に聴きたい音楽というものがあって、それも通勤電車とかそういう場合ではなく、一人で何処かへ出かけた時。或いは出張か何かの帰り、少し旅に近しい感覚が入り混じった時。そんな時に聴きたい音楽というものがある。
そうだな、やはり車ではなく電車がいい。それも長距離を移動する特急列車、または新幹線でもいいかもしれない。例えばトンネルを抜けたなら、目の前に見慣れぬ景色がパーッと広がって、普段は感じえないような心持ちが動き出す。
すると偶然耳に付けていたイヤホンからそんな感情を包み込むいい音楽が流れてきて、思わず気持ちが揺らいでしまう。けれど少し懐かしくもあって人知れず胸が熱くなる。そんな経験、誰しもあるのではないだろうか。
Tedeschi Trucks Band は現代の3大ギタリストに数えられるデレク・トラックスと彼のパートナーであるスーザン・テデスキを中心とした大所帯バンド。前身の The Derek Trucks Band でメイン・ボーカルを務めていたマイク・マティソンはバッキング・ボーカルに回り、スーザン・テデスキがメイン・ボーカルを務めている。
そのマイクとデレクによる共作(バックに回ったが、マイクはなかなかええ仕事しよる)が今回ご紹介する「Midnight In Harlem」。事実を淡々と述べる歌詞と、抑制したスーザンのボーカル。そして素晴らしい演奏が言葉以上に雄弁に語りかけてくる。
アウトロで聴けるデレクのスライド・ギターと、こちらも The Derek Trucks Band から参加のキーボード・プレイヤー、コフィ・バーブリジュによるハモンド・オルガンとの掛け合いは言葉では言い尽くせない美しさ。僕はアメリカの大地も知らないし英語も解さないが、胸が熱くなり涙がこぼれてしまった。
僕たちは何処から来て何処へ向かうのか。今手にしたこの場所は最善なのかもしれないけれど、僕たちのいるべき場所はもっと他にあるのではないのか。移動するときに聴きたくなる音楽というのは、そうした人が本来持ちうるノマド的な感覚を補完する音楽なのかもしれない。